『自己憐憫』は危険です・・・

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『自己憐憫』は危険です・・・

『自己憐憫』は危険です・・・

こんばんは。

ラルドワーズの武丸でございます。

 

以前私は、サービス業に携わる人の『向き・不向き』について書きましたが、

私自身、今の仕事が天職かどうか、解かりかねている部分があります。

この歳になって、何を今更・・・

でもこのモヤモヤは、いつも心の片隅に潜んでいるのです。

 

若い頃は、一緒に働く同僚がいて、お互い切磋琢磨しながら

技術を磨いていた時期がありました。

その時は仕事の意義や、社会に対する貢献度など、微塵も考えていなかったように思います。

純粋に楽しかった。

同じ境遇で、同じ夢を見て、同じ時間帯を過ごす仲間がいた。

 

しかし・・・

時の流れとともに、かつての同僚達は

この仕事に見切りをつけ、櫛の歯が欠けるように一人、また一人と、

業界から去って行きました。

労働時間は長いし、給料もそんなに高いわけではありませんものね。

それぞれ新天地を求めて旅立って行ったわけです。

 

ところで私はと言えば、流されるがままこの業界を漂い続けて、

今、福山のラルドワーズにたどり着き、

そしてこのブログを書いています。

 

以前と違って、

働く仲間の年齢層が違い、また、お客様の層やニーズも大きく変わってきています。

 

こういった環境で、如何に自分を表現していくのか?

今の自分に何ができるのか?

 

 

・・・よくよく考えてみれば、上記の問いを突き詰めて行けば、

仕事の向き・不向きや、『天職』か否かという問いは、かなり底辺を彷徨っている考えのように

思えてきました。

過去や未来について、あれこれ思いを巡らせても答えは出ない。

迷いを捨て、『今』を精一杯生きることで、そこから新たなステージが見えてくる・・・

 

そうですね。ただ自分を憐れんでいただけなのかも知れません。

 

誰もがこの心の片隅にある『モヤモヤ』を抱えながら

それぞれの仕事に取組んでいるんだろうな・・・

そう考えたら、この『モヤモヤ』は良い仕事をする為に必要な

心の負荷のようにも思えてきました・・・

 

今日はダラダラですみません・・・おやすみなさい・・・

 

P.S. 先日、神戸でのワインの買い付け。あまりのボトルの数に圧倒されました・・・

 

 

『褒める』ことの難しさ・・・

『褒める』ことの難しさ・・・

こんばんは。

ラルドワーズの武丸でございます。

 

先日、ある常連様が、久々のご来店。

お会いした初めの頃は、緊張した面持ちで席に着いていらっしゃったのが印象的でした。

ところが、今回のご来店時、髪を上品にアップされ、明るい色のお召し物。

何か良いことでもお有りだったのかな?・・・

そこで私は常連様にこう言ったのです。

 

以前に比べて、随分さわやかな印象です!

 

その時、常連様のお連れ様に、すかさずこう突っ込まれました。

 

じゃあ、以前はどうだったの?

 

・・・そうです。

どうやら私は失敗した気配が濃厚です(汗)

『以前』は『今』より劣っていたことを、あえて掘り起こしたような褒め言葉になっていることに気付き、

私は凍りつきました・・・

 

・・・とまあ、深刻な話に聞こえるかもしれませんが、これらの会話は、

なごやかな雰囲気の中で行われ、

底流には常連様との信頼関係がありましたので、この場は事なきを得ましたが・・・

 

改めて思いました。

褒めるのなら『今』だけを褒めよう!

 

『過去』と比較した『今』を褒めると、危険です。

『過去』の比重は、人によっていろいろですものね。

『今』に意識を集中して相手を褒めると、事実がより鮮明に相手に伝わります。

 

・・・逆説的にいえば、

如何に自分が、過去に囚われているかを証明したようなものですね。

『過去』を基点に『今』を見ようとしているわけです。

 

『過去』と『今』は、切り分けて考えないといけない!

 

・・・山の麓を出発して、山頂に到着しました。

山頂に着くためには、必ず麓から登り始めないといけないわけですから、

麓なしでは山頂はありえない。つまりプロセス的には密接な関係がある。

・・・しかし『麓』と『山頂』はGPS的には全くの別物であって、何の関わりも無い。

『麓』にいて目の前のお花畑を観ず、『山頂』に想いを馳せる事は、精神衛生上宜しくないように思います。

 

・・・解かっちゃいるけど、これがなかなか・・・

歳を重ねる度、過去への執着が強くなる自分が、少し怖い・・・

でも、歳に関わらず気持ちを矯正していかなきゃ、と思い直しています。

 

『今!』『今!』『今!』・・・

 

それでは・・・おやすみなさい・・・

 

P.S.    先日、初めて『バラ公園』に行きました。・・・誰もいない(笑)

 

 

料理写真を撮られる際の注意点。

料理写真を撮られる際の注意点。

こんばんは。

ラルドワーズの武丸でございます。

 

私、携帯はガラケーですので、何かと不便なことが多い。

ラインやらフェイスブックやら、ネットショッピングやら・・・

他の人と話題を共有できないので、結構辛い思いをしております。

 

・・・それじゃ、さっさとスマホにすればいいのに!

 

・・・はいっ!ご尤もでございます。

さすがに時代ですので、近日チェンジ・スマホにチャレンジ致します(笑)

 

 

ところで、昨今少し気になるのが、レストランにおけるスマホの存在。

テーブルに料理をお運びして料理説明が終わると、

おもむろにお客様が料理の写真を撮り始められます。

 

・・・これは良いことなのか?悪いことなのか?

 

料理人の立場からすれば、

お客様が召し上がり始める瞬間に味のピークを迎える状態を想定し、

その地点から逆算して、それぞれの工程のスタート時間を定めるわけです。

スマホで写真を撮るということは、そのピークを過ぎた時点での食事スタートとなるので、

当然、味が劣化している可能性があります。

料理人は、お客様に対して、この料理の一番美味しい瞬間に食べて欲しいと常に思っているのです。

 

お客様の立場からすれば、

キレイに盛り付けてある料理を、記念に画像として残しておきたい。

また画像を通してSNSライフを充実させたいという想いがある・・・

多少、食べる時間が遅くなっても、そんなに極端に味は変わらない・・・

 

・・・この料理人とお客様との間にある、料理に対する認識のズレ。

 

これを整合させるのがサービス人の役割なわけですが、

お客様に喜んでもらいたいが為に、ついお客様寄りのアシストをしてしまいがちです。

しかし、料理人の気持ちもわかるしなぁ~・・・

 

まあ、これらのことは、それぞれのお店が独自の判断基準でルールを定めれば良いわけで、

私個人がとやかく言う問題では無いのですが・・・

ただ・・・

 

この心のわだかまりは、なかなか消えそうにありません・・・

 

それでは皆さん。 おやすみなさい・・・

 

P.S.       今日も全力で仕込み中の藤井シェフ

 

 

『地産地消』の本質に挑む!!

『地産地消』の本質に挑む!!

(入荷した世羅の本州鹿を捌く藤井シェフ)

 

こんばんは。

ラルドワーズの武丸でございます。

 

私がラルドワーズで働きだしてから3ヶ月。

慣れないことはまだまだありますが、まあ、何とか形になってきたかな?とは思います。

 

そこで私は今、私自身が持つ本来のテーマである『地産地消』について、

この福山という土地を中心に据え、

そろそろ本格的に取組んで行きたいと考えています。

 

料理人が『地産地消』というテーマに取り組む例は、全国数多に存在します。

しかしサービス人がこのテーマに取組むと、どうなるんだろう?

というのがそもそもの発端です。

 

料理人は、食材の生産者を訪ね、触れ合い、

そしてその食材と格闘することによって、地域色に富んだ料理を生み出す・・・

非常にメッセージ性の強いものが出来上がるわけですが、

この流れの中に、サービス人が介在することによって、更なる相乗効果を生み出せるのではないか?

出来上がった料理をお客様に『伝える』ことの重要性を、改めて世に問いたいと思っているのです。

 

生産者の思い、料理人の思い、そしてお客様の思い・・・

グローバル企業が取組む『六次産業化』(第一次・二次・三次産業を、それぞれプラスし一元化しようとする概念)

とは一線を隔した、小規模店舗ならではの、内容の濃い、機動性に満ちた、そして皆が幸せになる仕組みを

創って行くことを使命として取組んでまいります。

 

その為にには、シェフの協力はもとより、来店されるお客様のご意見が何より重要です。

色々な仕掛けをを施す中で、その都度お客様のご意見を賜りながら、

さらに料理・サービスをブラッシュアップしていく・・・

お店とお客様が、スパイラル的に上昇していく過程が、イメージとして私の頭の中で膨らんできています。

 

これからは、現地取材等のアクションを起こしますが、

このブログを通して、皆様に進捗状況をご報告したいと思っております。

 

お客様・・・何か良い情報がありましたら、是非この武丸に教えてあげてください・・・

改めまして、今後ともよろしくお願い申し上げます・・・

 

それでは、おやすみなさい・・・

 

P.S.   下の写真は、藤井シェフの前足の肉球ではありません・・・愛媛のアワビです。

 

私に『一期一会』は語れません・・・②

私に『一期一会』は語れません・・・②

(前回の続き)

昨日サービスをした方が、この世から居なくなってしまった恐怖。

今までに経験したことのない感情が胸の奥から沸き起こってきます。

頭の中を整理しようとしても、感情が邪魔をして考えがまとまりません。

 

そうこうしているうちに店に到着すると、経営陣が既に集まっていて、

今後の対策への協議を行っていました。

経営陣の自宅は、店に隣接しているので、すぐに集まることができたのです。

 

なぜ、お客様から店に連絡があったのか?

それは、亡くなられたお客様の死因の一つとして、前日の食事があったからなのでした。

しばらくすると保健所の方々がやってきて、経営陣や、シェフとのやり取りを行っています。

 

私は、それを尻目に、『自分に何ができるだろうか?』と必死に考え続けました。

しかし当時の私には経営陣の協議に参画するだけの力がありませんでした。

若さゆえの経験不足。何を言っても受け入れられない立場・・・

私は、何も出来ない無力感に苛まれていました。

・・・

 

数日後、保健所から、

先日のランチは、奥様の死因ではなかったと判明したとの連絡がありました。

その時私には、胸を撫で下ろすといった安堵感よりも、居ても立ってもいられない気持ちが強かったんです。

 

『はやく奥様にお会いしたい!』

 

・・・数日後、私は、先日来店いただいたご夫婦のご自宅を訪れていました。

郊外の、閑静な住宅街の中の一角に、そのご自宅はありました。

ご主人にご挨拶をして、

そして、奥様の遺影の前で手を合わせることが出来ました。

しかしご主人は、私の訪問に戸惑われたようで、会話もほとんど無かったように記憶しています。

そりゃそうです。一度しかお会いしてないんですから・・・

 

その帰り、辺りの風景を見渡すと、一面どんよりとした曇り空・・・

その光景は、このことを思い出す度、今でも脳裏に蘇ってきます。

 

・・・この出来事を境に、私の人生観は変わったか?

・・・残念ながら、日々の生活に埋もれていくうちに、このことは記憶の彼方へと追いやられて行きました。

 

『一期一会』とよく言います。

サービス業に携わる者にとって、この言葉の意味は大きい。

しかし、今の私が、この言葉を胸に刻み込んで仕事をしているかと言ったら、

そうとも言い切れない自分がいる・・・

・・・・客観的に自分の立場を理解しようとしても、環境のせいにしたり、

エゴを優先してしまう自分が未だに存在していることに腹立たしさを感じます。

 

日々仕事をしていく上で、とても大切なこと、

『人として』生きていく上で、絶対に守らなければならないこと・・・

 

これらのことを、胸を張って、空を見上げて、

そして、大きな声で・・・

語れる自分に早くなりたいと、心から思っています。